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甘凌情報収集&創作ノート

メモ–仇討ちについての言及・先例

礼記典礼上』に「父の仇は、与に共に天を戴かず。兄弟の仇は、兵に反らず。交遊の仇は、国を同じくせず(父の仇とは共にこの世に生きることをせず、どちらかが死ぬまで闘う。兄弟の仇には、兵器を取りに家に行かずその場ですぐ闘う。朋友の仇とは同じ国には住まない)」とあるのに基づく。

 

漢文
或曰、以徳報怨、何如、子曰、何以報徳、以直報怨、以徳報徳。

書き下し文
或(あ)るひとの曰わく、徳を以(もっ)て怨(うら)みに報いば、何如(いかん)。子曰わく、何を以てか徳に報いん。直(なお)きを以て怨みに報い、徳を以て徳に報ゆ。

原文
爲無爲、事無事、味無味。大小多少、報怨以徳。圖難於其易、爲大於其細。天下難事必作於易、天下大事必作於細。是以聖人終不爲大、故能成其大。夫輕諾必寡信、多易必多難。是以聖人猶難之、故終無難。

書き下し文
無為を為(な)し、無事を事(こと)とし、無味(むみ)を味わう。小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳を以(も)ってす。難(かた)きをその易(やす)きに図(はか)り、大をその細(さい)に為す。天下の難事(なんじ)は必ず易きより作(おこ)り、天下の大事は必ず細より作(おこ)る。ここを以って聖人は終(つい)に大を為さず、故に能(よ)くその大を成す。それ軽諾(けいだく)は必ず信寡(すくな)く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。ここを以って聖人すら猶(な)おこれを難しとす、故に終に難きこと無し。

 

国史には仇討ちの物語が数多く存在する。その中でも個人的に印象的なものをいくつか挙げる。

「死屍に鞭打つ」の伍子胥。彼は父と兄の仇討ちに燃えるも、仇は先に亡くなってしまう。そこでその屍に鞭を打って気持ちを晴らした。

その主君であった呉王夫差は越王勾践によって父を討たれた。遺言された彼は、復讐心を忘れないようにと「臥薪」し、越王勾践を会稽にて滅亡寸前のところまで追い込むことに成功する。

越王勾践はこの辱めを「会稽の恥」として、四六時中「嘗胆」することで呉への復讐心を堅固にし、彼によって呉は滅ぶこととなる。

この三人は紀元前の春秋時代の人物たちだ。相関関係にある上、各自復讐心を燃やしている。う〜ん壮絶な時代…みんなろくな末路ではないというのもポイントだ。

 

また、先に上げた相関関係の外ではあるが、同時代に亡き主君のために孤軍奮闘した烈士がいる。予譲である。

彼は主君である智伯を趙無恤によって討たれた。一人戦禍を逃れた彼は、「士は知己(ここでは自分のことをよくわかってくれる者)のために死ぬ」と言って復讐を誓う。しかし二度暗殺を試みるが失敗に終わる。最後にはせめて趙無恤の着衣を撃つことで仇討ちのかわりにしたいと願い、着衣を刺し貫いたのちはこれで主君に会えると言って自刃した。